【北上川物語】No8.味噌樽の重石100年後”第2の奉公先”へ

今回は「窮すれば通ず」の言葉を地で行ったような話です。 

 事の発端は知人の老舗醸造会社の社長夫人からの相談でした。味噌蔵のボイラーを交換することになり、100年余り使っていた味噌樽の重石60トンを処分せざるを得なくなった。 

 昔は問題の無かった北上川の川底石も食品衛生法との兼ね合いで使えなくなったこともあり、100年余り文句も言わず奉公してくれた重石を造園関係者等に使ってもらえると有難いとの相談でした。

 とよま町の知人と一緒に、建設会社や造園会社に当たり、仙台市のある造園会社は半分の10トンまでは引き取りますという嬉しい情報もありました。

 ところが、不思議なものでさる4月、7年ぶりの老舗蔵での茶会イベントで一緒に汗をかき、すぐ近くの廻船問屋跡地で”民泊”事業の準備をしていたアイホームの社長から民泊庭園の石畳みと相性のよい庭石に是非使いたいという申し出がありました。”渡りに船”のタイミングでした。近くの森舞台等では舞台の縁の下に甕やダンボールを置き、音の反響効果を上げていますが、音楽バンドのボーカルを務めているアイホームの社長、庭園での演奏会ではどんな素敵な音を醸し出すのでしょうか。

 東日本急行も裏庭に、このおこぼれの重石300㎏を譲り受け、苔と芝生とコキアのカルテットにすべく、新たな庭造りに励んでおります。

 一時は”やっかいもの”になりかけた100歳の老舗味噌樽の重石、第2の奉公先でさらに味わいを増して、磨きがかかって行きそうです。

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